SODA trip

AXESS国際ネットワーク

海外渡航自由化から55年、飛行機の予約業務の変遷

2019.8.2

突然ですが、日本初の国際線の定期就航路線はどこでしょう。答えは、1954 年に就航した羽田-サンフランシスコ線です。この区間の便名は今も「JL001/002」、初めて国際線へ進出した思い入れが感じられます。運航当初の航空運賃は片道650$(約23万4千円)、大卒初任給が約5,000円の時代ですから、飛行機に乗ること自体、大変希少な体験だったとわかります。現在に例えると、錦織選手が利用したプライベートジェットのチャーターに近い感覚でしょうか。

 

このような時代、一便平均の乗客数はまだ一桁だったため、在庫管理は台帳方式で事足りました。座席指定はチェックインの際に市内営業所および空港カウンターに置いた座席指定表から、受付順に希望座席番号の付いたカードを旅客に渡す方法だったようで、なんともアナログですね。

しかしまもなく海外渡航が自由化(1964年)され、ジャンボジェットが就航(1970年)、供給座席数の増加に伴う低価格運賃の登場により、海外旅行者数は飛躍的に伸びていきました。日本航空は煩雑化した予約業務を効率化するため、1964年に国内初のオンライン・リアルタイム方式の国内電子座席予約装置「JALCOM」の運用を開始します。これにより、コンピュータによる航空座席の一元的な管理が可能となりました。1970年代には日本航空の予約販売ツールとして旅行会社に開放され、旅行会社の業務効率化に大きく貢献しました。

 

その後、海外旅行者数の拡大と共に、日本の旅行業は大きく変化していきます。旅行業者が独自に企画・販売する「パッケージツアー」や海外旅行商品のメーカーである「ホールセラー」の誕生もこの時期でした。このような業界の成長に伴い、「JALCOM」は大きな転換期を迎えます。これまでの「JALCOM」は日本航空と旅行会社をつなぐ予約手配システムであり、日本航空の販売促進に主眼を置いたシステムでした。しかし1984年、米国運輸省(DOT)のCRS規制法*施行を受け、航空会社から独立、世界の航空会社情報を公平・中立に提供するシステムへと変化します。これを機に、商品名は「JALCOM」から「AXESS」へ改称され、ついに「AXESS」が誕生するのです。

 

アクセス(ACCESS)には接近・入口などの意味があり、新名称の「AXESS」は世界の人々を近づける絆となり、誰もが気軽に利用できる情報の世界の入り口となることを目指して名づけられました。多数の旅行会社に「AXESS」が導入されることで、誰もがいつでもどこでも好きな海外旅行商品を購入できるようになること、旅行や飛行機が全ての人に身近な存在となること、今も変わらぬ「AXESS」の思いです。

 

 

*CRS規制法:CRSを持つ航空会社が自社便を優先表示することが自由競争の妨げとなる問題を解決するため、CRSを航空会社から分離・別会社とするルール。

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